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千葉地方裁判所 昭和47年(ワ)519号 判決

原告

筥崎博彝

ほか一名

被告

藤代宏

ほか一名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは連帯して、原告筥崎博彝に対し、金五五〇万円、原告筥崎実枝に対し、金四五〇万円およびこれらに対する昭和四七年四月二六日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告ら

「主文同旨」の判決を求める。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  事故の発生

訴外筥崎八枝子(以下「八枝子」という。)は、昭和四四年四月二八日午後二時五分頃、原動機付バイク(以下「バイク」という。)を運転し、市川市市川二丁目二一番五号先広小路交差点(以下「本件交差点」という。)を市川駅方面から松戸方面に向け右折中、東京方面から直進してきた被告藤代宏(以下「被告藤代」という。)の運転する同人所有の普通貨物自動車(千葉4や一九八〇号、以下「被告車」という。)と衝突し、八枝子は、その衝撃により路上に転倒し、その際被告車の右後輪が同人の頭部を轢圧し、よつて同人は間もなく死亡した。

2  被告藤代の責任

被告藤代は、被告車の運転につき、次のような過失がある。

(一) 前方の確認が不充分であつた。

(二) 本件事故の当日は、道路上の交通が混乱しており、本件交差点もまた交通量が平日の五・六倍も多く、混雑していたのに、本件交差点を通過するにあたり徐行もせず、時速五〇キロメートル以上の速度をもつて突進して来た。

(三) 被告車の積載重量は、二屯が限度であるにもかかわらず、三屯半以上の超過積載をしていた。

被告藤代は、これらの過失の競合により、本件事故を惹起したものであるから、直接の加害者として、本件事故に基く後記損害を賠償する責任がある。

3  被告会社の責任

被告千葉県米穀株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告藤代の運転する被告車を常時自己の営業に属する配給米の輸送に使用し、本件事故当時も、被告藤代は、被告会社の依頼により、被告車に配給米を満載し、同会社の倉庫より同会社の配給所に配給米を運送する途中であり、被告会社は、自己の為に被告車を運行の用に供していたものであり、被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条にいう運行供用者に該当し、同条により、本件事故に基く後記損害を賠償する責任がある。

4  原告らの相続

八枝子の後記(5(一))損害賠償請求権については、八枝子には子も配偶者もないので、八枝子の両親(父母)である原告らが、その賠償請求権を各々二分の一づつを相続取得した。

5  損害

(一) 亡八枝子の損害

(1) 逸失利益 金六、〇九九、三六二円

八枝子(昭和二四年一一月八日生)は、事故当時日本大学芸術学部声学科二年に在学中であり、事故の後である昭和四七年三月には、二二才で右大学を卒業し、稼働する予定であつたから、本件事故にあわなければ、二二才から五五才に至るまで三三年間稼働できたはずである。

昭和四五年度の賃金センサスによれば、大学卒業生の一八才より二四才までの給与は、月額四五、三〇〇円、賞与その他の給与年間金九二、三〇〇円であるから、八枝子の一年間の収入は金六三五、九〇〇円となり、そこから生活費を二分の一としてそれを控除すると、八枝子の年額逸失利益は金三一九、九五〇円となるので、これを基礎として、八枝子の逸失利益の現価をホフマン式により算定すると、金六、〇九九、三六二円(金三一七、九五〇円×一九・一八三四)となる。

(2) 慰謝料 金一〇〇万円

(二) 原告筥崎博彝の損害

(1) 慰謝料 金五〇〇万円

原告らの四女八枝子は、将来大学を卒業して独立したら、原告ら両親と生活を共にして老後の面倒を一切自分で引受けると確約しており、原告らも八枝子の成長と独立とを唯一の楽しみとして期待していたところであるので、原告筥崎博彝(以下「原告博彝」という。)は、八枝子の死亡により多大な精神的苦痛を蒙つたが、右苦痛に対する慰謝料として金五〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用 金二五万円

(3) 葬祭費 金七六一、六四五円

(三) 原告筥崎実枝の損害

(1) 慰謝料 金五〇〇万円

原告筥崎実枝(以下「原告実枝」という。)は、八枝子の死亡により、多大な精神的苦痛を蒙つたが、右苦痛に対する慰謝料として金五〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用 金二五万円

6  よつて、原告らは被告らに対し、右損害金の内取りあえず、原告博彝が金五五〇万円、原告実枝が金四五〇万円およびこれらに対する不法行為の後である昭和四七年四月二六日から支払いずみまで民法所定の年五分の割告による遅延損害金の各支払いを求める。

二  被告ら

1  請求原因に対する認否

請求原因1の事実のうち、八枝子が本件交差点を市川駅方面から松戸方面に向け右折中であつたことは争い、その余の事実は認める。

同2の被告藤代の責任は争う。

同(一)は争う。

同(二)の事実のうち、被告藤代が本件交差点を時速五〇キロメートル以上の速度で進行したことは否認し、その余は不知。被告の速度は三〇キロメートルである。

同(三)の事実のうち、被告藤代が事故当日積載量二屯車に対し三・四八屯を積載し超過積載をしていたことは認めるが、右積載量違反は本件事故発生と何等相当因果関係はない。

同3の事実のうち、本件事故当時、被告藤代が、被告車に配給米を積載し配給所に運送する途中であつたことは認め、その余の事実は否認する。

同4の事実のうち、原告らが八枝子の両親(父母)であることおよび八枝子が独身であることは認め、その余の事実は知らない。

同5の事実のうち、

(一)の(1)の事実は争う。

八枝子が事故当時日本大学芸術学部に在学中であつたことは認め、その余の事実は知らない。

逸失利益の計算方法については争う。

A 逸失利益の計算にあたつては、八枝子が日本大学芸術学部を卒業するまでの期間、教育費及び養育費を毎月二万円の割合で控除して計算すべきである。

B 八枝子は、結婚適令期までは就職するものとみて逸失利益を計算するのはよいが、右適令期以後は家庭の主婦として家事労働に従事するものとみて逸失利益を計算すべきである。

C 逸失利益を現在価格に引き直して計算するばあい、中間利息の控除方法は、ホフマン式によることは不合理であるから、ライプニツツ式によるべきであり、ことに八枝子のごとく未成年者のばあいはしかりである。

(一)の(2)は争う。

慰謝料は、被害者慰謝のためのものであるから、被害者本人の死亡により、慰謝すべき主体を失つて消滅すべきものであるので、死亡した八枝子には慰謝料請求権はない。また、原告らは民法第七一一条により遺族固有の慰謝料請求権を認められており、このほかに相続される死者の慰謝料請求権を認めることは、実質上慰謝料の「二重取り」になるから許されない。

(二)の(1)は争う。

原告らの慰謝料を算定するにあたつては、八枝子が事故当時一九才の独身女性であり、まだ学生であつたこと、原告らには他に四人の子がいること、本件事故当時自賠責保険における死亡事故の保険金が最高三〇〇万円であつたことを慰謝料算定の基礎とすべきである。

(二)の(2)は争う。

被告会社は、原告らと不当抗争したことはなく、また原告らにおいて被告会社に対し不当過大な損害賠償額を請求し、その挙句本訴を提起したものであるから、被告会社において原告らの弁護士費用を支払うべき義務はない。

(二)の(3)の事実は知らない。

(三)の(1)は争う。

(三)の(2)は争う。

2  被告らの主張

(一) 無過失

(1) 本件事故現場である本件交差点は、東京都から船橋市に通ずる一級国道一四号線と、これから分岐して、松戸方面に向う県道市川・松戸線及び市川市大洲方面に向う市道二二五号線の各起点が交る変型十字交差点である。右交差点から東京都寄り国道の車道幅員は約一七メートル、船橋市寄り国道の道路幅員は約一二メートル、県道市川・松戸線の道路幅員約八・五メートル、市道二二五号線の車道幅員は約七・一メートルである。右交差点には信号機が設置されており、本件事故当時も右信号機により交通整理が行なわれていた。

(2) 被告藤代は、被告車を運転し時速約三〇キロメートルで東京方面より船橋市方面へ直進すべく国道一四号線左側部分を進行し、青信号により本件交差点に進入したが、右交差点中心付近には先行車である小型貨物自動車三台位が東京方面より市道二二五号線へ右折すべく停止していた。

(3) 被告藤代は青信号の状態で本件交差点を直進し、右折のために停止していた先頭小型貨物自動車の左側を通過しようとしたところ、右小型貨物自動車のかげから、突如右交差点を右方から左方へ通過すべく進行してきた八枝子運転のバイクを右前方約三・三メートルの至近距離に発見し、直ちに警音器を吹鳴すると同時に急停車の措置をとつたがバイクは何等急停車の措置をとることなく、被告車の進路に侵入してきて、バイク前部を被告車前部右端に衝突させたものである。

(4)(イ) 八枝子は、赤信号を無視して、市道二二五号線より本件交差点に入り、県道市川・松戸線に向かおうとしたもので、八枝子にバイクの運転につき重大な過失がある。

(ロ) かりに、八枝子が市川駅方面から進行してきて本件交差点を右折し、松戸方面へ行こうとしたものであるとしても、八枝子の運転は、右交差点を直進しようとして被告車の進行を妨害したので、当時道路交通法第三七条第一項に違反するものであり、八枝子の右折について重大な過失がある。

(5) よつて、被告藤代は、八枝子が右違反行為に出るということは予見し得ず、さらに被告車とバイクとの衝突を回避することも不可能であるから、被告藤代には運転上の過失はない。

(二) 過失相殺

かりに、被告藤代に過失があつたとしても、本件事故の発生については上記のとおり、八枝子の過失が大きく寄与しているので、損害賠償の算定にあたり、これを斟酌すべきである。

(三) 損害の填補

原告らは、すでに自賠法第一六条による損害金二四〇万円、被告藤代の任意弁済金一〇万円、合計二五〇万円の支払いを受けている。

三  被告らの主張に対する原告らの認否

(一)(1)の事実のうち、本件事故当時、信号機により交通整理が行なわれていたことは知らず、その余の事実は認める。

同(2)の事実のうち、被告車の速度が時速約三〇キロメートルであつたことは否認し、その余の事実は知らない。

同(3)の事実のうち、八枝子が本件交差点を右方から左方へ進行していたこと及び被告車とバイクが衝突したことは認め、その余の事実は否認する。

同(4)の事実のうち、(イ)の事実は否認し、(ロ)の事実のうち、八枝子が市川駅方面から進行してきて本件交差点を右折し、松戸方面へ行こうとしたものであることは認め、その余の事実は否認する。

同(5)の事実は争う。

(二)は争う。

(三)の事実は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

八枝子が、原告ら主張の日時、場所において、バイクを運転中、東京方面から直進してきた被告藤代の運転する同人所有の被告車と衝突し、八枝子は、その衝撃により路上に転倒し、その際被告車の右後輪が同人の頭部を轢圧し、よつて同人は間もなく死亡したことは、当事者間に争いがない。

二  被告藤代の責任及び事故の態様

1  被告藤代が事故当日積載量二屯車に対し約三屯半位を積載し超過積載をしていたこと、および本件事故現場である本件交差点は、東京都から船橋市に通ずる一級国道一四号線とこれから県道市川・松戸線及び市川市大洲に通ずる市道二二五号線が分岐する変型十字交差点であり、右交差点から東京都寄り国道の車道幅員は約一七メートル、船橋市寄り国道の道路幅員は約一二メートル、県道市川・松戸線の道路幅員約八・五メートル、市道二二五号線の車道幅員は約七・一メートルであり、右交差点には信号機が設置されていたことは、当事者間に争いがない。

2(一)  〔証拠略〕によれば、本件事故当時、本件交差点は信号機により交通整理が行なわれていたこと、本件事故当時、本件交差点の交通量は多く、とくに車両の通行は渋滞気味の状態であつたこと、被告藤代が、被告車を運転し、時速約三二キロメートルで東京方面より船橋方面へ直進すべく国道一四号線下り車線部分を進行し、青信号により本件交差点に進入したが、右交差点中心付近には、先行車である小型貨物自動車三台位が東京方面より市道二二五号線へ右折すべく停止していたこと、被告藤代は、右停止中の自動車の左側を直進通過しようとしたところ、右小型貨物自動車のかげから、右交差点を右方から左方松戸方面へ通過すべく進行してきた八枝子運転のバイクを、右前方約三・四メートルの至近距離に発見し、直ちに警音器を吹鳴すると同時に急停車の措置をなしたが、まにあわず、バイクの前部に、被告車前部右端を衝突させたことが、認められる(八枝子が本件交差点を右方から左方へ進行していたこと及び被告車とバイクが衝突したことは、当事者間に争いがない。)。

(二)  被告らは、八枝子が、赤信号を無視して、市道二二五号線より本件交差点に入り、県道市川・松戸線に向かおうとしたものである旨を主張するが、〔証拠略〕によるもこれを認めることができず、〔証拠略〕によれば、八枝子は本件事故の直前、本件交差点にさしかかり、国道一四号線上り車線右端角(進行方向より)の御山自転車店前に一時停止をしていたことを目撃した者があること、八枝子が国府台へ花見に行くため市川市八幡にある家をバイクで出たこと、および八幡から松戸へ行くのには、国道一四号線を東京方面へ直進し、本件交差点において市川・松戸線に右折することが道筋であることが認められ、これらの事実を総合すれば、八枝子は、国道一四号線を市川駅方面から進行してきて本件交差点を右折し、松戸方面(国府台方面)へ行こうとしたことを推認することができる。

(三)  〔証拠略〕によれば、本件交差点において、八枝子は、上記のとおり国道一四号線の上り車線右端において一時停止し、対面信号が青となつた後、右折を開始し、国道上を道路右端から左方に向つて進行を始めたものであることが認められ、本来原動機付自転車は、右折するにあたり、あらかじめその前からできる限り道路の中央に寄り、かつ交差点の中心の直近の内側を徐行すべき義務があるところ、八枝子は、その方法を誤り、道路右端に寄つて停止し、右折にあたり、国道一四号線上を横断するかたちとなつたこと、国道より狭い市川・松戸線に右折するには、国道上の直進車の有無に注意すべき義務があるところ、停止車両により見とおしが困難であるにも拘らずそのまま進行したことが認められ、従つて八枝子には過失が認められる。

3  右認定事実からすると、被告藤代が右折中の八枝子運転のバイクを発見した時点ないしは発見し得た時点では、バイクと被告車との距離が余りに至近距離であつたため、被告藤代が、バイクと被告車の衝突を回避するためいかなる措置をとつたとしても、右衝突を回避することは不可能であつたと認められるが(右衝突を回避することが不可能である点では、被告車が超過積載をしていたかどうかによつて影響されない。)、しかし、〔証拠略〕によれば、本件交差点が変型十字交差点であり、国道一四号線から市川・松戸線は北西に向い斜に分岐し、二またに分れたがごとき形をしており、同交差点の中心が分りにくい状況であり、又上記のとおり本件事故当時右交差点の交通量は多く、とくに車両の通行は渋滞気味の状態であつたこと、および右交差点の中心付近には、被告藤代の先行車である小型貨物自動車三台位が、東京方面より市道二二五号線へ右折すべく停止しており、被告車の右前方の見透しが、右停止車両のため困難であつたことが認められ、このような状況の交差点を直進するにあたり、右折車の有無については十分注意すべき義務があるものと解され、すなわち、右交差点に進入するにあたり、警音器を吹鳴し、右折車に直進車の存在を知らせるとか、あるいは、交差点内における右折車の有無を注意し、右折車の動行に応じて適宜の処置をとり得るように、前方を注視して徐行するとかする必要があり、被告藤代には、この安全義務を怠つた過失が認められる。

4  結局、本件事故は、八枝子と被告藤代の双方の過失が競合して生じたものであるというべきであるが、上記過失の態様から、八枝子の過失が被告藤代の過失より大きく、八枝子と被告藤代との過失の割合は、八対二と認定するのが相当である。

三  被告会社の責任

1  本件事故当時、被告藤代が、被告車に配給米を積載し配給所に運転する途中であつたことは、当事者間に争いがない。

2  被告会社が、被告藤代の運転する被告車を常時自己の営業に属する配給米の輸送に使用していたこと、および本件事故当時、被告藤代が被告会社の依頼によつて配給米を運送していたことは、〔証拠略〕によるもこれを認めることができない。

3  右認定事実からすると、被告会社は、間接に「運行利益」を有しているにすぎず、「運行支配」については全く有していないのであるから、被告会社は、自動車損害賠償法第三条にいう「運行供用者」に該当せず、従つて、同条により、本件事故に基く損害を賠償する責任がないといわなければならない。

四  原告らの相続

原告らが八枝子の両親(父母)であること、および八枝子には配偶者がいないこと(すなわち八枝子が独身であること)は、当事者間に争いがないから、原告らが、八枝子の賠償請求権の各々二分の一づつを相続取得した。

五  損害

1  亡八枝子の損害

(一)  逸失利益 五、五七七、九五五円

〔証拠略〕によれば、八枝子は事故当時日本大学芸術学部声学科二年に在学中であり、事故後約三年を経過する昭和四七年三月に二二才で右大学を卒業して稼働する予定であつたことが認められる(八枝子が事故当時日本大学芸術学部に在学中であることは、当事者間に争いがない。)。

してみると、八枝子は 事故にあわなければ、右大学を卒業する三年後の二二才から三六年後の五五才に至るまでの三三年間稼働することができたと推認するのが相当である。

その間、八枝子は、大学卒の女子として、少なくとも短大卒の男子(二〇才から二四才)の給与と同程度の給与であるところの月額四五、三〇〇円、賞与その他の給与年間金九二、三〇〇円(昭和四五年度の賃金センサスによる)を得られたはずであるから、八枝子の一年間の収入は、金六三五、九〇〇円を下らないものと推認するのが相当である。そして、八枝子は、その生活費として収入の五割の支出を余儀なくされるものと推認するのが相当であるから、八枝子の年額逸失利益は金三一七、九五〇円となる。これを基礎として、八枝子の逸失利益の現価を、ホフマン方式により算定すると、五、五七七、九五五円となる。

317,950×17.5435(20.2745……36年の係数-2.7310……3年後の係数)=5,577,955

被告らは、右逸失利益の計算につき、八枝子の卒業までの教育費及び養育費を毎月二万円の割合で控除すべき旨主張するが、これらの費用の支出を免れたことを、本人である八枝子の利益とみることは出来ないし、本来損益相殺は、右損害賠償請求権者が損害と利益を同一原因によつて受けた場合にかぎると解されるので、右主張は採用できない。

被告らは、結婚適令期以後は家庭の主婦として家事労働に従事するものとみて八枝子の逸失利益を計算すべき旨主張するが、しかしながら、最近の調査では、女性の労働力率(一五才以上の女性人口に占める労働力人口の比率)は、すでに五〇%以上にも達しており、しかも女子就業者中で有配偶者の占める割合は、さらにそれをも上回つている。又、〔証拠略〕によれば、八枝子は音楽家としてたつべく専門の教育を受けていたものであることが認められるから、通常就労することは予測されるところであり、被告らの同主張は認めることができない。

被告らは、中間利息の控除方法はホフマン式によることは不合理であり、ライプニツツ式によるべき旨主張するが、本件の場合、ホフマン式により算定した結果が、ライプニツツ式により算定した結果に比べて、特に不合理であるといえる程度のものではなく、被告らのこの点についての主張も認めることはできない。

(二)  慰謝料

被害者本人の慰謝料請求権は、被害者本人の死亡により当然に消滅すべきものであるということはできないし、またそれは相続の対象にもなりうるものと解されるが、しかしながら、遺族固有の慰謝料請求権と被害者本人の慰謝料請求権とは、実質的には、密接不可分の関係にあり、両者は、全体として、一つの被害者側の慰謝料請求権ともいうべきものを形成しており、慰謝料の算定にあたつても、両者は相関関係に立つている。しかも、その被害者側の慰謝料請求権の中核をなしているのが、遺族固有の慰謝料請求権であり、したがつて、遺族固有の慰謝料請求権の行使により遺族ばかりでなく被害者本人も慰謝されると認められる場合にまで、これとは別に、被害者本人の慰謝料請求権の行使を認める必要はないと考えねばならない。本件の場合も、原告らの遺族固有の慰謝料請求権の行使により、原告らばかりでなく八枝子本人も慰謝されると解されるから、原告らに、これとは別に、八枝子の相続人として八枝子本人の慰謝料請求権の行使を認めないことを相当とする。

(三)  過失相殺

以上であるから、八枝子の損害は上記逸失利益五、五七七、九五五円であるところ、同人の過失を斟酌するとその損害は一、一一五、五九一円となる。

2  原告博彜の損害

(一)  慰謝料 金五〇万円

原告博彝が、八枝子の死亡により、甚大な精神的苦痛を蒙つたことは容易に推察されるところであるが、上記のごとき事故の態様、八枝子の過失等諸般の事情に鑑みると、原告博彝の蒙つた精神的損害に対する被告藤代の負担すべき慰謝料の額は、金五〇万円とするのが相当である。

(二)  葬祭費 金三〇万円

〔証拠略〕によれば、本件事故による八枝子の死亡に際し、原告博彜は、八枝子のため葬祭を営み、その費用の支出を余儀なくされたことが認められ、その額については金七六一、六四五円が計上されているが、諸般の事情を考慮すると、被告藤代に負担させるべき右費用は、金三〇万円をもつて相当とすべきである。

3  原告実枝の損害

慰謝料 金五〇万円

上記のとおり、諸般の事情に鑑みると、八枝子の死亡により原告実枝の蒙つた精神的損害に対する慰謝料の額は、金五〇万円とするのが相当である。

4  損害の填補

ところで、原告らは、本件事故による損害につき、自賠責保険から金二四〇万円、被告藤代から任意弁済金一〇万円、合計金二五〇万円を受領したことは、当事者間に争いがなく、したがつて、原告らの右損害は、すでにこれにより填補されていることとなる。

5  原告らの弁護士費用

以上のように、原告らの損害はすでに填補されていたと認められるから、原告らの本件訴訟の提起追行自体理由がなく、原告らの弁護士費用を、本件事故に基づく損害として被告藤代に負担させることは相当でない。

六  結論

よつて、原告らの被告らに対する本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内淑子)

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